(71) 夕されば 門田の稲葉 おとづれて
       芦のまろやに 秋風ぞ吹く (大納言経信) 

        (歌意)夕方になると、家の前の稲葉に秋の風が訪れ、
            私がいる芦葺きの小屋に心地よい秋風が吹いてくるなあ。

            This autumn night the wind blows shrill,
            And would that I could catch
            Its message, as it whistles through
            The rushes in the thatch
            And leaves of my rice-patch.
                     THE FIRST ADVISER OF STATE TSUNENOBU

作者の源経信は、詩・歌・管弦と多芸の持ち主で、藤原定家の評価も高かったようです。
稲渕の棚田(奈良県)の夕暮れ風景に、ススキ・農具・民家を合成した創作風景です。
吹き抜ける心地のいい秋風を表現しています。



(72) 音に聞く 高師の浜の あだ波は
         かけじや袖の ぬれもこそすれ (祐子内親王家紀伊)

        (歌意)噂に聞く高師の浜の波はかけますまい。
            袖が濡れては大変ですから。
            同じように浮気で名高い貴方のお言葉は
            心に掛けますまい。袖を涙で濡らすのは嫌ですから。 

            The sound of ripples on the shore
            Ne’er fails at Takashi;
            My sleeves all worn and wet with tears
            Should surely prove to thee,
            I, too, will constant be.
                   TEH LADY KI, OF THE HOUSE OF PRINCESS YUSHI

この歌は、男性が恋の歌を送り、女性がそれに答えて歌を返す「艶書合」(えんしょあわせ)での歌だそうで、「高師」は「高し」の掛詞。浮気者の名高いことをいい、「かけじや」は言い寄ってくる男の言葉を気にかけないと、袖に波をかけないことの掛詞です。この言い寄ってくる男、藤原俊忠は二十九歳で、この歌の作者、祐子内親王家紀伊は七十歳ぐらいだそうです。この歳での切り返しはさすがで、恋心に年齢は関係ないようです。