(62) 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
       よに逢坂の 関はゆるさじ (清少納言) 

  (歌意)夜が明けないうちに鶏の鳴き真似をして、
         騙して通ろうとしても、私の心の逢坂の関は、
決して通しはしませんから。
 
              Too long to-night you’ve lingered here,
              And, though you imitate
              The crowing of a cock,’twill not
              Unlock the tollbar gate;
              Till daylight must you wait.    THE LADY SEI


清少納言は「枕草子」の作者で、一条天皇の中宮定子に仕えた。この歌は、藤原行成に対して中国の「史記」の故事を踏まえて詠んだ歌です。ある夜、宮中で行成が清少納言と話し込んでいたのにそそくさと帰ってしまい、翌朝「鶏の鳴き声に催促されて帰った」と言い訳の手紙を寄こしたので、清少納言は「鶏の声とは函谷関のことでしょう」と返すと、行成は再び「逢坂の関です」と返してきた。そこでこの歌を詠んだそうです。
函谷関とはウィキペディアによると
『史記』に記された、戦国四君のひとりである斉の猛嘗君の故事「鶏鳴狗盗」の舞台として知られる。それによれば函谷関は夜間閉鎖され、朝は鶏が鳴くまで開けないという決まりであった。秦の昭㐮王から逃れようとしたものの関に阻まれた孟嘗君の一行は、鶏の鳴きまねが上手な食客がいたことで危地を脱したという。